広告の歴史

みなさま、久しぶりのクイズです。
4月21日が何の日かご存知ですか?
答えは……「民放の日」です。
昭和26年のこの日、日本で初めて民放に放送予備免許が
与えられたことを記念しているそうです。
それが何の関係があるのかって?
実は、同年9月1日、大阪新日本放送(現在の毎日放送ラジオ)と
名古屋の中部日本放送から、歴史的な第一声が流れたのですが
弊社はその開局第一日目から番組提供を行い
社長の「開局祝賀メッセージ」を入れて放送したのです。
民放において“日本のコマーシャルの歴史”の第1ページを飾ったのです!
驚かれましたか?
普段はのほほんとしているように見えるわたくしですが
やるときにはやるのです!
もともと、そのずっと以前から弊社の広告は斬新だと評判でした。
例えば、大正2年の大阪朝日新聞に掲載した広告では
当時人気だった同紙小説「渦巻」の主人公の名にちなみ
「渦巻の敏江さんも喜美子さんも、みな福助足袋を召しておられます」
という広告を出し好評を得ました。
また昭和2年には、岡本一平の漫画の新聞一面広告を出したり
同25年には、福助人形型のアドバルーンを揚げたりもしました。
特に、まるまると太り、見るからに福々しい
わたくしの姿をしたアドバルーンは大人気となり
その後10個も製造され、各地で引っ張りだことなったのです。
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そんな広告の一部は、いまでも弊社のウェブ「福助資料館」
で見ることができます。
なかでも「福助テーマソング」では、サトウ・ハチローと三木鶏郎の当代の
名コンビによる当時のCMソング「どなたになにを」を聴くこともできます。
ユーモラスな歌詞と懐かしの歌声は一聴の価値アリですよ。